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2010-02-25(Thu)

変化の波 2

(昨日更新した変化の波1の続きです)

高原の実家での静養を終え帰宅した私は、以前にも増して過敏性が下がり、これってもう治ってしまったの?と思うくらいでした。

しかし、“思いがけないことの案件”は何も変わらない状態で、過敏性が下がっていても完治していない身では、また春になれば曝露してしまい同じことになり、おそらくは半年間自宅にいられなくなるようになる状況が予測できました。

昨夏ご尽力いただけた関係各所の皆様のご協力もこれ以上は無理といった情勢に変わってしまっており、他の手を考えなければなりませんでした。

しかし、そのことを考えると自然に足がガクガクしてしまうのです。

化学物質過敏症という言葉を考えるだけでもダメでした。

家族は私より深刻で、今後のことを話すことが出来ませんでした。

精神的に回復する必要がありましたが、3年近く私の心の支えになっていた音楽療法の教室が夏いっぱいで急遽閉鎖され、頼ることが出来ませんでした。

また、ねずみ先生の状況も変わっており、NAETは受けたくなくてもカイロだけでも気分の良いときに治療院を訪れて診ていただく…なんて感じの受診が出来ない状況でした。

NAETを受けたくなかった理由は、昨日の記事に書いたことが大きいのですが、この時点では、化学物質過敏症であることを思い出してしまうからという理由もありました。

私の場合、NAETの治療後には必ずといっていいほど好転反応があり、その時に化学物質過敏症の症状そのもの(倦怠感、頭痛、嗅覚過敏等)を何日も体験するので、化学物質過敏症を忘れたいくらいの状態では無理だと思いました。

そんな中、気軽に通うことが出来たのが、近所のかかりつけ医です。

この先生は、私を北里に紹介して下さった先生で、東洋医学の脈診も出来る漢方の処方を得意とする先生です。

とても人気があっていつも混んでいるのですが、目を見て時間をかけて話を聞いて下さる先生で「気がかりなことがあったら、ここは予約制でないからいつでも話しに来ていいよ」と言って下さり、本当に安心感を得ることが出来ました。

本当にカウンセリングのように、ただお話だけをしに行ったこともあり、とても感謝しています。

(以降、現在もこの先生にお世話になっています。)

漢方は、思いがけない曝露以後良くならない於血(おけつ:漢字違うかも…)を取ること、精神的回復を目指し気を補うことが出来るものを処方してもらいました。

漢方薬は自分で筋肉反応検査をしてアレルゲンでないことを確かめてから服用しました。

さて、生活の変化は他にもありました。

2年に渡り月2回していた社会復帰への第一歩だった仕事が、避難静養でお休みしてから、声がかからなくなりました。

仕事の準備もなく、NAET通いも音楽療法通いもなくなり、時間だけがある中、気持ちが落ちないように化学物質過敏症のことを考えず、ひたすら家事に励み、休日は家族で軽い山登りをするなどして過ごし、気力体力の回復を待ちました。

幸い過敏性がほぼない状態で頭痛もなく、今までにないような集中力があるので、今まで症状やNAETの治療後の好転反応で思うように出来ず放置状態だった家中の物の整理、片付け、掃除を、思いがけずにすることが出来ました。

長い間、家事がおっくうで苦手、と思っていた私でしたが、それはシックハウス症状がそうさせるのであって、本当は家事って気持ちのよいことで、私にもちゃんと能力があったのだ!と、嬉しく思いました。

家事が気持ちよく出来るようになるのは私の悲願でした。

“思いがけないことの案件”は大変なことだけれど、そのことあって今、以前より色々な能力を発揮出来るのだから、全て悪いことではないよなぁ…色々あってもやっぱり人生一石何鳥かわからないな、と思いました。

(人生一石何鳥?とは、自分の欲しい状態や能力は自分では思いもつかない事柄の中でその時の最善を尽くしていれば、思いがけない時に自分が思っていた以上のものが得られるという意味で私が使っている言葉です)

さて、ひと月もすると、化学物質過敏症のことを考えられるまでに回復しました。

これもひとえに近所の先生のお陰だと感謝しています。

“思いがけないことの案件”にどう手を打つか、色々な人に会って相談出来るようになりました。

家族はまだ精神的に回復していなかったので、ひとりで方々へ足を運びました。

それでも、対応は決められず、落ち着かない日々が続きました。

そして、この頃から、過敏性が徐々に戻りつつあるのを感じました。

都会の空気の悪い所へ戻ってひと月以上経つのだから、完治していない身としては当たり前かと思いました。

「NAETを中断すると、しばらくは治ったように感じるかもしれないけれど、完治してなければまた戻るよ」という友人のNAET治療家Kさんに以前言われたことは本当だったと思いました。

あれだけさっさっと身軽に出来ていた家事がだんだんスローペースになり、洗濯物も外に干し放題とはいかなくなり(即症状がでるわけではないけれど、近所の洗剤香料の洗濯物への移り香が気になり始めた)徐々に焦りのような気持ちが出てきました。

“思いがけないことの案件”もまだどんな解決策を選んだらよいのか決められず、春になったらまた曝露するかもしれない…それまでに、化学物質過敏症の治療についても何か手を打たなければならないと思いました。

ただ、今、NAETを再開したとしても、また外堀を進める治療のようになってしまうのではないかと思いました。

漢方は、続けていて良い感じはするのですが、直接化学物質過敏症の本丸を目指す治療という感じでないように思いました。

私が化学物質過敏症の本丸を目指すには、どうしても今まで越えられなかった城壁を突破しなければならないと思うのですが…

どんなことをすればよいのか考えてもわからないので、ならば、今したいこと、今ならやってみようと思えることは何だろうかと、ちょっと考え方の方向を変えてみました。

過敏性が戻ってきたとはいえ、以前よりよい状態である今のうちに、何をやってみたいかと。

ふと思いついたのは、歯科に行くことでした。

(この話、続きます)
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2010-02-24(Wed)

変化の波 1

ブログ更新できず、何度もご訪問して下さった皆様には、失礼いたしました。

また、メールやコメントを下さいました皆様には、大変失礼いたしました。

私は、今は元気にしておりますが、更新ストップした昨夏に、思いがけないこと(曝露)があり、体調を崩して、実家で秋まで静養しておりました。

以後、体調を整えることを第一にして、今でもパソコンや携帯電話(メールも)を遠ざけて過ごしております。

昨夏の思いがけない曝露については、まだ事の経過途上にあり、詳しく書くことは出来ませんが、至近距離で長時間曝露してしまい、重い症状が出てしまいました。

後からわかったのですが、このアレルゲンは、私が多種類化学物質過敏症になってしまったおそらく一番大きな原因物質の系統ではないかと思われます。

NAETの治療で避けないで暮らすことを目指していた私ですが(実際その時までずっと自宅で暮らせていた)、今回はなぜ長期避難静養が必要だったのかいうことをまずは書いてみようと思います。

まず第一に、今回は事前にアレルゲンのサンプルを入手出来なかったこと、そして事後にもサンプルをとれなかったことがありました。

事前にサンプルを入手出来ていたら、もし症状が出たとしても軽い症状で済んでいたかもしれません。

以前、自宅マンションの大規模塗装工事があった時は、事前入手出来たサンプルを使い自己治療(我流ですが)をして臨み、2ヵ月に及ぶ塗装工事中、避難せず全く症状も出さずに自宅で過ごすことが出来ました。

塗装業者の皆様のご理解と誠実なあたたかい対応あってのことで、この時は本当に感謝しました。

つまりは、ご理解とご協力のたまものなのです。

今回は、関係各所の皆様に大変なご尽力をいただいたのですが、それをもってしても業者相手でなかったこともあり、残念ながら思うようにはいきませんでした。

第二に、私がまだNAETの治療途上にあるためです。

NAETは、曝露しても症状が出なくなる(=完治)を目指すことが出来るといわれていますが、それには必ず通るある組み合わせの治療があるそうです。

しかしながら、私はどうしてもこの治療(たくさんの色々な組み合わせ治療が必要)を受けることが出来ませんでした。

何回か試したことはあるのですが、その都度他のアレルゲンの治療の時とは比べものにならない程のひどい好転反応(倦怠感等)が出てしまい、耐えられなかったので、先生に先延ばしにして欲しいとお願いしていたからです。

例えるなら(これは私が思うことでNAETの先生がおっしゃった言葉ではありませんが)、NAETは、基礎体力を持った上で効率よく城壁を突破して本丸を目指すことが出来る治療法だと思うのですが、私の場合、周囲の長い長い外堀を少しずつ自分のものに取り戻していくといった感じの治療状況でおりました。

そのような訳で、私の場合、回数も多くOKになったアレルゲンは多いものの、まだ本丸をねらい定められていないような状態だったのです。

さて、秋には回復出来て、実家から自宅に帰ってきたのですが、今後どのように治療を進めていきたいのか、あらためて考えました。

思いがけない曝露でも元気でいられるようになるためには、私が突破出来ないところを何とかしなければいけない、けれど、今までのやり方でよいのだろうか、他に何か出来ることはないのだろうかと。

また、思いがけないことの案件は解決に至らずまだ続いており落ち着かず、実家静養中に中断していたNAETを再開する気持ちの整理もつかない状態でした。

これからもこの手の曝露の可能性もあり、諸々の状況の大きな変化の中、どうやったらこれら大きな波々を乗りこなし、乗り越えて行けるだろうかと思いました。

ねずみ先生は、私の状況をよく理解して下さり、私が答えを出せるようになるまで待って下さるとおっしゃいました。お心遣いありがたかったです。

(この話、続きます)
2009-06-18(Thu)

高原での曝露体験

今日もつれづれに。

今回、久しぶりに高原の実家に5日間滞在しました。

高原には、都会からよい環境を求めて移住してきた方も多く、自然農法家の方もいるし、いたる所で無農薬の野菜が売られたり、都会とかわらないような自然食品のお店もあります。

普通のスーパーにもこだわりのパン(材料全て有機農法かそれに準ずる材料)等が普通に陳列されており、住民の方々の環境に対する意識の高さを感じさせられました。

しかしながら、昔からその土地を開墾して苦労されながら農業をしてこられた方々は、当然日本の普通の農業をされているようです。

道には「住×の農薬」という大きな看板も出ています。

有機農業している方は、農薬を使ってないのにかかわらず検査で農薬が検出されてしまい生協の契約解除となってしまったのだとか。

色々な立場のひとがいらっしゃるようです。

そんな高原ですが、都会と違う状況にあらためて驚きました。

都会には都会の大変さがありますが、今回の滞在で、地方に住む化学物質過敏症の方の大変さを少しですが感じられたようにも思いました。

まず、野焼きの多さには本当に驚きました。

実は、以前私が滞在した時は、野焼きは一律全面禁止だったのですが、農業に限ってよいことに条例が改正されたのだそうです。

NAETで煙関連の治療を済ませてあったので、ただの草を燃やす普通の野焼き程度は、お陰様でマスク無しでも歩いて通り過ぎることが出来ました。

ただ、農業と関係あるように思えない野焼きもそこここであり、民家から立ち上がるプラスチックを燃やした煙は、さすがにキーメートマスクで対応しました。

条例が改正され、なし崩し的に色々なものが燃やしてもOKな雰囲気になってしまったことが、残念でなりません。

でも、ダイオキシン関連の治療も済ませてあるからか、プラスチックの煙を吸い込んでも、お陰様で症状は出ませんでした。

それから、いたるところで農薬散布にも遭遇しました。

バス停で時刻表を書き写していたところ、ふと10メートル先に人影が。見ると、老人が地面の雑草に対してシャーシャーと除草剤を撒いているところでした。

早々に退散しましたが、マスクもしてなかったし、きっと少し吸い込んでしまったと思います。

ですが、除草剤の類も治療済みだったのが幸いしたのか、お陰様て無事に過ごすことができました。

また、散歩中にいきなり嗅覚が少しだけ過敏になったところや、目の周りがなんとなく違和感を感じるところがあって、そこは農薬散布したところだとわかりました。

以前の私なら、即、頭痛や圧迫感等の症状が出て、力が抜けて歩けなくなっていたと思います。

でも、マスクしていなくても(というか、もともと農薬にはマスクもあまり効果ありませんよね)特に症状が出ることもなく、普通に歩いて通り過ぎることが出来ました。

都会ではあまりこういう類の曝露はないので、最近は自分が化学物質過敏症なのを忘れて歩いてしまうこともありましたが、農薬を感じられる自分に、やっぱりまだ完治していないのだなとあらためて思いました。

ただ、以前06年秋の体験記事(高原で1高原で2)で紹介した実家の近所のコールタール臭や、実家の防虫剤を使ったことある部屋等は全く何も感じなくなり、不自由なく過ごせました。

それから、高原ならではの化学物質に遭遇したのが、ロッジ風の建物の木材の防腐剤の臭いです。

都会にあるようなホテルや旅館の内装材や消毒では、嗅覚過敏や頭痛等の症状が出ることは今の私にはまず無いのですが、ロッジ風の木材はちょっと予想外の出来事でした。

NAETのサンプルにもないので治療していませんでした。(NAETには木材のサンプルはあってそれは治療済みですが、ロッジの木材というような細かいサンプルはないのです。)

ロッジ風の建物に入った時に、ちょうどものすごいスコールのような夕立があり、その建物から動けず食事をすることになり、1時間ほど滞在を余儀なくされました。

私には変に歪んで嫌な臭いに感じる木材の臭いは、その場で筋肉反応検査(自己検査)をしてみると、建物の駆体の木材の防腐剤が原因とわかりました。

臭いは、徐々に鼻の奥に違和感と頭痛を引き起こしました。

でも、耐えられないほどの頭痛ではなく、普通に食事をして話をして豪雨をやり過ごすことができました。

ただ、化学物質に曝露して、前日の治療の好転反応の影響がないのにかかわらず(※)、このように臭いが歪んで感じてしまい、かつ頭痛の症状まで出てしまうのは本当に久しぶりで、ああやはりまだ気をつけなければと思いました。

(※=私は私にとって大きなアレルゲンの治療後、好転反応の影響で一時的に過敏性が上がることがあります。その時に何かに暴露すると一時的に嗅覚過敏や頭痛等の症状が出ることもあります)

建物を出ても40分くらいは頭痛が続きました。

ただ、頭痛は感じるものの旅程に支障が出ることなく普通に過ごせたのは、快復に向かっているからだと思いました。

そして帰宅後、その時の木材の防腐剤臭をイメージを使って自己治療をしました。

次回、同じようなロッジ風の建物に入っても、きっと大丈夫になっていると思います。

最近では、このように何か新しいもの(NAETのサンプルにもなく、身の周りでは調達するのが大変な原因物質)に曝露すると、(その体験を手かがりにして)まだしていない化学物質の治療が出来るラッキーなチャンスだとさえ私には思えるようになり、お陰様で体だけでなく気持ちにも余裕ができて楽になりました。

これはもちろん、すでに2年半以上治療を続けて快復してきたから思えることですし、出来ることだと思います。

以前の私は当たり前ですが、曝露体験は本当に嫌なものとしか思えませんでした。

ただ、以前からずっと信じていることがあって、どんな(たとえ嫌な)体験でも(時間がかかるかもしれないけれど振り返ってみたら)自分が本当に進みたいよい方向に向かうきっかけになっているのかもしれない(だから必要以上に悪いと騒がない)ということです。

この根拠のない不思議な気持ちがどこから来るのかわかりませんが、いつも私の行く道を照らしているように感じます。

2009-06-13(Sat)

化学物質過敏症がついに!

今日はつれづれに。

昨日(2009年6月12日金曜日)の毎日新聞の朝刊の一面トップ記事には大きく「化学物質過敏症に健保」とありましたね!

10月から電子カルテシステムやレセプトで使われる病名リストに化学物質過敏症が登録されるとのことでした。

国が公式に化学物質過敏症の存在を認めるのは初めて、とありました。

(記事詳細に関しては他でご覧下さい)

私はすでに、ぼやきさんのブログで紹介されていたのを見たので、そうなることを知ってはいましたが、本当に本当なの!?と思っていました。

ところが昨日、電車で前に座っている人の広げた新聞の一面に載っているのを偶然に見て、言葉にならない気持ちがいっぱいになって、涙が溢れてとまりませんでした。

電車でひとり、涙、涙してしまいました。

私はすでに17年前に、職場のタバコで具合悪くなる過敏症だという診断書が欲しいと医者に訴えていました。

もちろん叶うはずなく、ずっと病名もなく、自分の体調不良の原因があきらかに化学物質であっても認められず、自分で抱えて対処していくしかなかったのです。

そして、自分の対処法は充分ではなく、悪化の一途を辿りました。

ですから、新聞の一面のトップ記事に化学物質過敏症の存在を国が認めたことが載っているのは、本当に夢のようで、電車内でしたが涙がとまりませんでした。

国が認めたことで、社会に化学物質過敏症の認知が広まり、私のように大変な思いをする人がひとりでも減るのではと思いました。

また、病名が認められたことで世の中に広まり、発症してしまった人達が、少しでも生きやすくなるのではと思いました。

そして、いいかげんな病名をつけられて余計に苦しむひとがいなくなるようにと、願わずにいられません。

また、化学物質の便利さだけでなく、化学物質の危険性にも光が当たり、より安全な世の中に向かっていくのではと希望を感じました。

ところで、毎日新聞の見出しは「化学物質過敏症に健保」とありましたが、私は代替医療のNAETで治療を受けているので、健保という意味では実はあまり関係ありません。

でも、化学物質過敏症で医療を受けられている方達には、本当に朗報ですね。

ここでちょっと日記。

昨日、電車内で偶然毎日新聞の一面に出会ったのは、高原の実家に向かっていたところでした。

実家に着いて、毎日新聞の一面を掲げてニコニコと話している私の姿に、久しぶりに会った両親は「記事にもすごく驚いたけど、新聞に近づいて触って吸い込んで普通にしていられることにすっごく驚いた!!平気なの!?」と言っていました。

「あれ?NAETで新聞紙インクの治療をしたのは、もうずいぶん前のことだよ。それっていつの話?」と答えた私。

そういえば以前は、新聞に全く近づけず、近づくと目が痛く頭痛がひどくなるだけでなく、吐き気もひどく実際に吐いてしまったこともよくあったのだっけ、と思い出しました。

あのひどい症状の時が、近頃では遠い遠い過去のように思える私です。

昨日も実家の近所の真っ白く霞む野焼きの中を普通に歩けました。

電車内も普通だった頃の嗅覚と同じでした。

…とはいえ、本当に時々ですが色々な条件が重なった時にアリエナイ臭いを感じてしまう(嗅覚過敏)こともまだあります。

でも、症状はほとんど嗅覚過敏だけで、頭痛等他の症状はあまり出ずに済んでいます。

NAETに出会えたことに、本当に感謝しています。
2009-05-15(Fri)

音楽療法士を目指して2

今から14年程前に、ダルクローズ リトミックという音楽教育法を本格的に学び始めました。

前回の自然環境教育でも体を感じることが大切という話をしましたが、今回のダルクローズ リトミックも体を感じことを大切にしている教育方法で、音楽教育方法です。

リトミックというとご存じの方は、幼児向けの音楽教育と思われるかもしれませんが、リトミックの創始者ジャン・ジャック=ダルクローズ(1950年没)は、幼児から大人まで、さらには障害のある人々等幅広いひとを対象にしていました。

リズムと音楽と教育リズムと音楽と教育
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リトミック・芸術と教育―リトミック論文集リトミック・芸術と教育―リトミック論文集
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リトミックは、先生の奏でる即興音楽を体で感じて、音楽を体の動きで表現します。

ダンスのように振り付けを動くのではなく、ある枠組みの中で内側で感じたことを腕や足で表現していきます。

内側で感じたことと書くと、難しく聞こえてしまったかもしれませんが、音楽の感じが優しい音楽なら優しい動きで表現し、音楽が強く元気な音楽なら大きく動かす等します。

音楽教育家の方には、私は耳を拓く素晴らしい教育方法と紹介したいです。

体全体を使って表現するので、私はピアノを小手先だけで弾いていた時には得られなかった様々な気づきを得ることが出来ました。

私の教えていたピアノの生徒達にリトミックを取り入れてレッスンをすると各段にピアノが上達しました。

私のリトミック体験では、音楽のダイナミズム、呼吸、情感等を全身で感じ、それらを内側で感じるままに体を動かすと、自然に全身の筋肉が整ってくるようで、音楽の情感と体が一致してきてとても心地よかったです。

また、仲間と輪になったり、アイコンタクトしたり、背中合わせになったりと、美しい音楽と体を伴って遊ぶことも楽しくとても心地よかったです。

そして、体と感情と思考がまとまってくるように感じました。

当時化学物質過敏症とは気づきませんでしたが、頭痛がしたり、時折足等の感覚が希薄になりがちの私は、リトミックで脳神経系がリカバリー出来るようにも感じていました。

リズムを足で表現(ステップを踏んで歩く)するだけで、生理時のひどい頭痛等も和らぎ、気分も明るくなりました。(この頭痛は後にNAETで生理用品の化学物質が原因とわかり治療しました)

私みたいに頭痛がない人でも皆、リトミック後はとても気分がよくなっているので、本当に音楽療法だと感じました。

先の記事に書きましたが、リトミックを発達障害児向け等の音楽療法の現場で扱うこともあります。

発達障害児の場合はコミュニケーション力がついて関係性が改善される等の変化もあります。

これら様々な改善がなぜおこるのか、とても知りたくなりました。

そこで、色々な音楽療法の先生に(リトミック以外の音楽療法の先生にも)聞いてみましたが、音楽はミラクルだからというような答えしか返ってきませんでした。

もちろん、音楽療法の勉強で心理等の勉強は無いわけではないのですが、私が求めていたのは、音楽を扱う時の先生と参加者の体の動きと情動、コミュニケーションの仕方が精神状態に与える影響について=「体の動きと心理」でした。

リトミックの古い外国の音楽療法について書かれている論文には、音楽と体と心理的なことについて触れているものもあるのですが、日本でそれを研究している先生はいらっしゃらないのです。

音楽療法の中では答えに出会えませんでした。

その答えをあきらめられなかった私でしたが、それから何年もたった後に、ボディサイコセラピーに出会えました。

ボディサイコセラピーは、まさに「体の動きと心理」を扱った療法でした。

それを丁寧に学んで、リトミックや音楽療法において、心身の症状の改善に何が作用しているのか、私なりに考えがまとまりました。

これらをちゃんと臨床研究して論文を書けたら、音楽療法学会認定の音楽療法士になれるのかも…と実は思っていたのですが…化学物質過敏症が進行して以降、全く音楽療法の場から離れてしまっています。

機会があれば書いてみたい論文のちょっとネタバレ(?!)になりますが、少し紹介してみます。

ボディサイコセラピーでは、ひとと関わる時の境界感覚(健康的な関係性を築くのに必要)や、感じられる感情の量や質(感情の豊かさと言ったらいいかもしれません)というのが、筋肉のトーナス(質)と関わりがあるといいます。

豊かな感情と筋肉の状態質が関係しているということは、もしかしたら目からウロコかもしれませんね。

ただ、化学物質過敏症のひとは誰よりも一番リアルに体験していることかもしれません。

私の経験では化学物質過敏症が進行した後で、何かに暴露して全身の力が入らなくなった時=筋肉のトーナス・質が伸びきってしまう時に、体・筋肉のコントロールが難しくなるだけでなく、健常者のような感情状態でなくなったり、関係性の距離感覚が以前と同じようになぜかうまく出来ないことがありました。

私はボディサイコセラピーの勉強をする中で、これらを改善していく機会に恵まれました(もちろん+NAETの力も借りました)が、今回は音楽療法の話なので、ボディサイコセラピーについては、またの機会に本の紹介など含めて書いてみます。

リトミックでは、即興音楽を聴きながら感情とつながって自然に筋肉の微妙なコントロールが出来るようになり、筋肉のトーナス(質)が少しずつ整ってくるのではないかと私は思いました。

また、リトミックで発達障害児のコミュニケーション力が育つのは、単に体を振り付けのように動かすことはせずに、安全で楽しい他者との即興的な遊びの中でちょうどよい筋肉の使い方や色々なコンタクトが自然に学べ、体の境界感覚が育ち、よい関係性を学ぶことができるからではないかと、私は思いました。

また、即興音楽は今ここの体験です。体を伴う今ここ体験は、現実を生きていくのにとても大きな力になるでしょう。

また、発達障害児のリトミックでは、想像したりファンタジーの世界へ音楽で誘います。

想像は人生の創造性につながります。

また、わりと最近に出会った他の音楽療法の勉強(またの機会に紹介します)で学んだのですが、(リトミックに限らず)リズムはセロトニンととても関係があることが研究されています。

セロトニンは神経伝達物質のひとつで、少ないとウツになったり痛みを感じるようになったりすると伺いました。

神経伝達物質がうまく機能していない状態が、音楽によって改善されるので、様々な心身の状態の改善がみられるのではないかとも思いました。

リトミックは楽しく美しい即興音楽の中で、思考と感情と体のつながりを取り戻せ、生きていくのに必要な様々な力を育むことが出来ると思います。

そんなわけで、当初私は、自分の心身の健康のためと思って勉強を始めたわけではなかったけれど、初期の化学物質過敏症だった私には、まさに症状が軽減できる音楽療法体験になりました。

生理時のひどい頭痛(生理用品の化学物質が原因)がリトミックで改善されたのは、リズムでセロトニンがたくさん出たからだと今は思います。※

とはいえ、化学物質過敏症を知らずに原因物質を取り去る(自宅建材と家具類と周辺農薬環境等)ことをしなかった私は、悪化の一途を辿り、ついにはピアノに近づくことさえ出来なくなってリトミックや音楽療法の勉強も出来なくなりました。

(ピアノは、接着剤を使うから板があのような曲線な形になるのですし、ピアノにつきものの防音室は揮発性化学物質のかたまりなのです。)

化学物質を除去する生活をしながら、リトミックを音楽療法として体験したら、快復の助けになったかもしれないなと思います。

そんなリトミックですが、残念ながら、大人向けの教室はほとんどないようです。(あっても、幼児向けリトミック教育指導者養成コースだったりします。)

私は、化学物質過敏症が進行する前に、高齢の健常者のためのリトミックを取り入れた歌のクラスを指導したことがあります。

歌う時に、体に意識を向けただけで(声楽指導のような感じではなくて、個々人の人生の豊かさに触れるように体に意識を向けてもらいます)、参加者の皆さんの表情が自然で生き生きした表情に変わり、エネルギー溢れてかつ美しい声になりました。

ハートと結びついた腕の動きやキラキラと輝いた目がとても印象的でした。

いつか再び、大人向けのリトミックを取り入れた教室が開けたらなあと思っています。


※ セロトニンについて、化学物質過敏症が進行してからは、たくさん出れば痛みが緩和されるとはならなくなりました。私はセロトニンにもアレルギーがあった(セロトニンが機能しない)のです。今はNAETで治療済ですが、別の機会にそのあたりの体験を書こうと思っています。


2009-04-23(Thu)

ネイチャーゲーム

私の背景について思い出しながら書いているので、また前後してしまいますが、今から14年ほど前のことを今日は書いてみます。

今の私の原点的な体験です。

当時の職場(音楽ではなく事務系の職場の方の話です)で異動があり、新しい配属先はタバコの煙が流れてくるだけでなく、油性塗料ペンを多用する部署でした。

あいさつ回りを済ませた翌日、ほとんど一日油性塗料ペンを握りしめる実務に入るとくらくらしてきて、集中力がなくなり、だんだん気分が悪くなりました。

なんとか帰宅はできたものの、ぐったりしてしまい、気づいたらひどい高熱になっていて、その夜病院へ行って、そのまま入院してしまいました。

検査をしても何も出ないので、医者からは原因不明、ストレスで体のバランスが崩れたのでしょうと言われましたが、私は職場のタバコなどの空気があまりにも悪いことが原因だと思いました。

当時の私は化学物質過敏症を知りませんでした。

また、タバコアレルギーの診断書が欲しいと頼んでみましたが、それもかないませんでした。

そのまま自己都合で退職せざるを得ませんでした。

退職して静養している間に、環境について学ぼうと思いました。

その時に出会った本がこちらです。

沈黙の春沈黙の春
(2001/06)
レイチェル カーソン

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1960年代に書かれた環境についての元祖ベストセラー本で、特に空中散布した農薬が生態系へ及ぼす影響について書かれています。

当時の私は、生態系に及ぼす影響について驚くばかりで、人体への影響について書かれた部分は急性中毒や時間を経て癌になることなどが印象に残っているものの、その時自分におこっている体験と照らし合わせながら読むことができませんでした。

ですが今再び読んでみると、過敏症的なことについても少し書かれており、有機リン系とアセチルコリンの話や、精神症状が出ることなどもちゃんと出ています。



センス・オブ・ワンダーセンス・オブ・ワンダー
(1996/07)
レイチェル・L. カーソン

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すべての子どもが生まれながらに持っている「神秘さや不思議さに目を見はる感性」を、いつまでも失わないためには、子どもといっしょに再発見し感動を分かち合ってくれる大人がすくなくともひとりそばにいること、と書かれています。


この2冊の本は、退職後の静養中に参加したネイチャーゲーム指導員養成講座で紹介してもらいました。

ネイチャーゲームとは、ジョセフ・コーネル氏が創始者の自然体験プログラムです。

大地に仰向けになって寝て体の上に葉っぱをかけてもらい、大地を体験するようなゲームや、暗闇の中で気配だけで相手の動きを感じるコウモリのような体験をするゲームなど、五感を使って自然と一体感を得る体験ゲームが色々あります。

私が子供のころは、こんなゲームを用意しなくても毎日放課後がネイチャーゲーム(自然と一体感遊び)でしたので、私にとっては思い出す体験でしたが、ほとんどの参加者は初体験という感覚で臨んでいる様子だったので、自分の幼少時の環境の豊かさにあらためて感謝した覚えがあります。

ゲームの中にはふたりひと組でするゲームもあるのですが、私と組んだ小学校の教頭先生だという男性は、「木を感じ、自然を感じるだけかと思ったが、あなたと組むと、とても深い所にある自分の気持ちに気づくから不思議だなぁ」と言われました。

なんでも、自分の正直な感情に触れて日常生活の関係性の中での問題のヒントを得ることが出来たのだそうです。

その他に組んだひとからも、同じようなことを言われました。

私は、別に何か特別な言葉かけをしたつもりはなくて、私にとって馴染みのある自然なスタイルで自然の中にいて、相手とただ一緒に居ただけだったのですが、私の在り方は普通のネイチャーゲーム指導員の在り方とちょっと違っていたようでした。

当時の私は、私と組んだひとだけがどうして深い気持ちに入ってしまうのかがわからなくて、少しとまどいました。

それで、ネイチャーゲームの勉強はそれ以上先へ進めることはしませんでした。

そして、ちゃんと心理セラピストの勉強をしたいと思いました。

また、この時期に行った別の自然体験型ワークショップの講座では、ゲストのある女性講演者の話がとても印象に残りました。

「自然の中へ入って自然を感じるということではなく、自分の体そのものが自然そのものだということに気付いてほしい。自然を感じたかったら自分の体を感じられるようになること、自然を大切にしたかったら自分の体の声に耳を傾けること、それが自然環境につながっていくから」

体の声を聞けるようになりたい、そんな勉強があるのならしてみたいと思いました。

(ただ、その講座では体の声を聞く講座は用意されていなかったのでそこでは勉強しませんでした)

それから14年たって色々な勉強を経て、今の私はボディサイコセラピスト(心理セラピストでかつ体の声を聞くセラピストといった感じです)になり、当時ネイチャーゲームで私に何がおこっていたのか説明ができるまでになりました。

もともと自然そのものが人間にとって最高のセラピストなのです。

私はそれを子供の頃から無意識に知っていて、自然とそういうコンタクトの方法が身についていました。

その在り方で私は木々と共に大地に立っていただけ。

そして組んだ相手とも全身で共鳴していただけ。


カーソン女史が警鐘を鳴らしてから、50年近く経った今もまだ、農薬空中散布は続いています。

誰もが自然と一体感を感じられる世の中になりますに。


2009-04-10(Fri)

アースディ東京2009

もうご存じの方が多いと思いますが、近日行われる「アースディ東京2009」に化学物質過敏症 知ってね☆うぉーく が参加するそうです。

日程 2009年4月18日(土)19日(日) 10時~17時  雨天決行
会場 代々木公園 イベント広場・けやき並木(NHK側の代々木公園)

テントをひとつ借りて、パネル展示や関連書籍販売の他、新企画「全国知ってね☆リレーメッセージ」を行うそうです。

詳しくは 化学物質過敏症知ってね☆うぉーくのホームページをご覧ください。

さて、この企画をされた村田知章さんが書かれた本「化学物質過敏症 お悩み事情」を、最近やっと手に入れて読んでみました。

「化学物質過敏症」お悩み事情―身の回りの「化学物質」で体を壊している人、いませんか?「化学物質過敏症」お悩み事情―身の回りの「化学物質」で体を壊している人、いませんか?
(2006/02)
村田 知章

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86編のエッセイで、テンポの良い読みやすい文章なので1時間少しですべて読むことができました。

化学物質過敏症の状況は本当に悲惨なものですが、村田さんの文章はウィットに富んでいて、楽にさらっと読むことができます。

悲惨さはきちんと伝わるけれども、ネガティブな感情が浄化されている文章なので、全くCSをご存じない事情を知らない人(知ろうと自ら思わないような人)にも、この本ならば、重すぎず、ちゃんとCSの日常を伝えることができるのではないかなと私は感じました。

化学物質過敏症 知ってね☆うぉーく の原点を見た感じがしました。

まだ、ご覧になっていない方、ぜひお手にとってみて下さい。

化学物質過敏症について知らない人に、いちいち説明する大変さってあると思いますが、この本一冊手渡すという簡単な手があったんだなぁ、と読んでみて思いました。


2009-03-18(Wed)

自己ヒーリング 音楽療法士を目指して

マイペースな更新でおりますが、私の背景について、前回に続き、書きそびれた12年ほど前からのことを書いてみます。

当時は事務仕事をしながら、音楽教育(ピアノ・リトミック・声楽関連等)の仕事と勉強をしていました。

私が師事していた先生は音楽療法もなさっている先生で、専門は発達障害児でした。

ですから私も自然と発達障害について勉強をしていました。

その先生の他にも、障害を持ったひと(子供)と一緒にする即興的なダンス療法など、積極的に発達障害の子供たちの教育方法(音楽療法)を学んでいました。

各地の養護学校などから集まってきた先生たちと一緒に勉強やワークショップに参加しました。

実地の場で、私はなぜか発達障害の子供たちとなんかいい感じになることがあって、自分でとても不思議に感じました。

印象に残っているダンスのワークショップの出来事を少し。今から9年くらい前のことになるでしょうか。

何か月洗っていないのでしょうかといった感じの髪の毛ボサボサ(モサモサ)頭の7歳くらいの女の子の話です。

その子はもう何十分もの間、頭を振りまわしギャーギャーと奇声を叫びながら会場中を走りまわっていました。

周りの介助者の大人たちが近づいても逃げるし、無理やりつかまえると腕を噛んで逃げるといった具合でした。

こちらの言っていることがわかっているのかもわからないし、当然アイコンタクトもできないといった感じでした。

その子が、前を見ないで叫びながら突進してきて私にぶつかった時のこと。

頭から私のおなかにぶつかって、叫んで走り抜けるのかなと思ったら、私の服に顔をつけたまま大きく息を吸い込んでふぅ~と吐いて、そのまま私のおなかに顔をうずめたのです。

私はその子に合わせて呼吸をして、自然のリズムにまかせてその子と一緒に膝をついて座りました。

その子は私の膝の上に頭を乗せてあおむけの状態になり、穏やかな顔で私を見ました。

そしてしばしアイコンタクトをしました。

その子の瞳の奥に、深い深い漆黒の宇宙が広がっていて、そこに知性の美しい光があることを私ははっきりと見ました。

例えるなら…星空を見上げて宇宙の神秘を感じた時に畏敬の念を全身で感じてしばし言葉をなくす…そんな時のように、自分の魂も相手の魂も感じるような深いコンタクトでした。

瞳を通して、今まで奇声をあげて走り回っているのは仮の姿、本当はこんなに知性も精神性もあるのよ、今日はあなたに出会えて嬉しい、と言っているかのようにも感じられました。

女の子はしばしの間私の膝の上で、おそらくは久し振りであろう副交感神経状態を楽しんで、離れていきました。

私は、ずっとこの出来事が不思議で、なぜ女の子は私の前で穏やかになったのだろうかと思っていました。

その女の子だけでなくて、他の発達障害の子供も私の前で穏やかになることがあったので、ずっとなぜだろうかと思っていました。

今、NAETに出会って、発達障害がアレルギーである場合が本当に多いことを知り、しかも、化学物質過敏症にとても近い脳アレルギーである(化学物質過敏症も脳の機能障害=脳アレルギー)と知り、もしかしたら、私の化粧品や衣服には化学物質や香料等のアレルゲンが付着していなかったから、発達障害の子供は安心して穏やかになったのではないかと思いました。

それと、私自身脳アレルギーがあるので彼女たちの「繊細さ」にアチューメントすることが、もしかしたら健常者よりも容易にできたからかもしれないなと思いました。

多動の発達障害児が、奇声をあげて走り回る以外に出来ないのは、成育歴の中でコンタクトを学ぶ(ひとは胎児~赤ちゃんの時に母親とのコンタクトを通して他者とのコンタクトの方法を学んでいくのですが、その過程の)前に、環境からのアレルギーが原因でコンタクトを学ぶ機会を奪われてしまったからではないかと私は思います。

私は、コンタクトの方法を学び終えた後に、化学物質過敏症を発症しました。(※)

ですから、体の異変や頭痛や精神症状が出たら、他のひとに「何かが変で具合が悪いなんとかして」等と伝えることができます。(※2)

あの女の子がコンタクトの方法を学べていたら、介助者の腕を噛んで逃げる代わりに、もしかしたら「あなたのシャツは合成洗剤の臭いがするから気分悪くなって頭がおかしくなるから一緒にいたくない」等と言ったかもしれません。

(でも子供だから「臭い!あんた嫌い!」と言って、なんて子供だと別な意味で困った子のレッテルを貼られてしまうかもしれません。もしかしたらごく軽度の発達障害の子供の中にはそんな勘違いされている子供もいるかもしれません。)

ですが、コンタクトの方法を学ぶ機会そのものを化学物質などの環境アレルギーで奪われてしまった発達障害児は、奇声をあげて走りまわるしか術がないのだと思います。

当時はなぜ奇声をあげるのかどうして走り回るのか等全く想像できずに、音楽療法にできる限界を感じていました。

同期生の中には、社会に出てから困らないようにちゃんとしつけなければと健常者の悪ガキにしかりつけるのと同じような感じで臨んでいる養護学校の先生もいましたが、私はそれは絶対に違うよなぁとハートで感じながらも、ではどうすれば真に発達障害児の助けになるのかよくわかりませんでした。

発達障害児のありのままを受け入れる教育をされるある先生は、社会にいる私たちの心の中にこそ障害があるのであって、その心の障害を取り除けば子供たちが障害者ということではないと言いました。

でも、この子供たちは確かに「何かに」苦しんでいると私は感じていて、何かわからないけれどその苦しみを取り除くことができないのかと思いました。

それを取り除けないのなら、音楽療法というけれど、これって療法ではなくて、ただの教育でしかないよなぁとよく思いました。

音楽療法を通して他者とよいコンタクトが少しでもできるようになっていけるのは確かに「療法」であり、助けになるのかもしれないけれども、発達障害の子供たちの身体的な状態や脳の状態が変化していくわけでないことに、いつも胸が痛みました。

それから10年近くたった今の時代になって、やっと少しづつ発達障害と化学物質との関係について取り上げられるようになってきました。

発達障害児が苦しんでいる「何か」が、どうやら私が苦しんでいる化学物質と同じことのようだとわかった時に、すべての謎が解けた気がしました。

音楽療法を学んでいる中で、発達障害児が苦しんでいる「何か」に他のひとがまったく関心を示さなかった中、「何か」があることに気付いていたのは、(当時は化学物質過敏症とは知らなかったけれど)私が化学物質過敏症だったからだと思います。

発達障害児の介助者や教育者が、早く化学物質など環境アレルギーの要因に気づいて、化学物質などを除去したよい状態で介助や教育ができますように。

そして、多くの発達障害児(者)が、NAETの恩恵を受けられますようにと祈っています。


※ このあたり厳密にいうと違うのですが…私も赤ちゃんの時、任意の予防接種後に半年もの間、自閉症症状が出ていたことがあります。

半年後に、全く普通のコンタクトができるまでに回復したのですが、この自閉症的症状が出ていた時代のことは、無意識下に私の体の構造や性格などに影響を与えていることがボディサイコセラピストになるための勉強をして気づきました。(ボディサイコセラピーは、音楽療法士の勉強で不足した心理的なことを学ぶためもあって学び始めました)

そして、それらをリカバリーをするのにフェルデンクライスメソッド、ボディサイコセラピーやNAETの力を借りました。

この体験を通じても発達障害への理解が深まったと思います。

このあたりは後日体験談を書こうと思っています。

※2 私は子供のころによくデパートやホームセンターで急に倦怠感に襲われて具合が悪くなったのですが、今思えば化学物質に曝露していたからだと思います。

ですが、その時、親に「疲れた」と言っても、「親の用事に付き合うのが飽きてしまった」くらいにしか思われなくて、もう少しだから待っていてねと言われるばかりでした。

自分でもなぜこんなに急に具合がわるくなるのかわからなかったし、自分の急な倦怠感の体験が普通のひとが飽きて疲れる体験と違うなんてことは当時はわからなかったのです。

それで、親の用事を優先させてどんどん具合悪くなっていったのですが、当時はまだ軽症だったので、場所を離れたらケロッと治ったので、親は親の用に付き合わされて嫌だから疲れたと言ったのだと思っていたと思います。

ちゃんと伝える術があっても、伝えるのが難しいのが化学物質過敏症の曝露状況だと思います。


2009-02-14(Sat)

自己ヒーリング 食と栄養

このところ、私の背景 自己ヒーリングについて9年ぐらいのことまで書き進めてきましたが、今日は書きそびれたことを少しさかのぼって書いてみます。今から12年前くらいのことです。

当時、原因不明で体調が悪かった(実は化学物質過敏症)私は、栄養を摂ることで健康になれないかと思いました。

色々な本を読み、食事の工夫やサプリメントを摂っていました。

ビタミン・バイブルビタミン・バイブル
(1993/03)
アール ミンデル

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今はさらに改訂版の’完全版 ビタミン・バイブル’という本が出ているようです。

ビタミンだけでなくミネラル、アミノ酸、脂肪、胃酸や酵素、イーストのことまで幅広く出ている辞書として使える一冊で、職業別や症状別に必要なサプリメントの摂り方が載っている本です。

私は当時、この本を参考にビタミンCなどのサプリメントを毎日摂っていました。

06年に専門医で化学物質過敏症の診断をもらった際に、栄養指導を受けて、サプリメントを摂るように言われましたが、私はもう10年近く前からやっていたことでした。

実は専門医のところへ行った時には、約10年サプリメントを摂っていても改善されないので、約1年間サプリメントを一切やめて様子をみていたところでした。

専門医からの指導を受けて、再びビタミンCなどのサプリメントを摂り始めたのですが、体調に影響があるとはどうしても思えませんでした。

そして、その1か月後にNAETに出会って、治療に通い始めて、ビタミンCなどの栄養素にアレルギーがあることが判明して、今までのことがすべて納得できたのでした。

(最近このブログをご覧になった方へ、
NAETのいうところのアレルギーは一般的なアレルギーとは違ってもっと広い範囲感じです。体に合わないからちゃんと代謝できないということも含まれます。NAETのアレルギーの定義については、’病気よ、さようなら’の本をご覧になるか、NAET施術者のホームページなどをご参考にして下さい。

それから、NAETではどんな症状であっても栄養素のアレルギーから治療をしていきます。体が栄養をしっかり摂れるようにまず免疫を高めることから始めるのだと先生から伺いました。化学物質過敏症と栄養アレルギーのカテゴリーもご参考になさって下さい。)

私にとって、例えばビタミンCは、利点もあったとは思いますが、アレルギーの害(体に合わないことで引き起こされること)がとても大きかったのだと、NAETで治療をしてみてはじめてわかりました。

栄養素のアレルギーは本当に盲点でしたが、NAETに出会う前から栄養について自分なりに色々試した体験があったからこそ、私はNAETの効果が感じやすいのかもしれません。

当時、他にこんな本も愛読していました。

知っておきたいクスリになる食べもの―症状別大編集!知っておきたいクスリになる食べもの―症状別大編集!
(2005/02)
菅原 明子

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食べ合わせ新百科―元気2倍増効き目3倍増 体が喜ぶ最新栄養成分食べ合わせ新百科―元気2倍増効き目3倍増 体が喜ぶ最新栄養成分
(2004/04)
白鳥 早奈英

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↑実は私が愛読していたのは「食材別 病気も逃げ出す食べ合わせの知恵」という本でしたが、今はもうないらしくアマゾンで出てこないので、同じ著者の同じ意図で書かれた今ある本をご紹介しました。

当時こんな感じの本をいつも手元において、健康になりたい一心で食事と栄養に気を配って生活していました。

栄養素や食材にアレルギーがなければ有効だったのだなぁと今は思います。

もちろん農薬や添加物にも気を使って、できる限り農薬を使わない食材や本物の食材を使うように心がけていました。

ですが、当時の周囲の農地からの頻繁な農薬散布、当時住んでいた家のシックハウスの中では、いくら栄養や食材に気を使ったとしても、健康回復するどころか、体によい食材や栄養素まで「化学物質が付着したよくない食材」と脳は判断してどんどんアレルゲンと認識していっていたかもしれないと今は思います。

当時は、本当にそこまで思い至らなかった!

私は、06年秋の血液検査(まだ化学物質過敏症の専門医に行く前に原因がわからなくて医者めぐりをしていた頃に実費払ってした検査)で、医師から「過激なダイエットをしている人と同じような栄養状態です」と言われたのですが、今はなぜそんなに栄養が欠乏した状態だったのか理解できます。

化学物質過敏症は曝露の大変さもさることながら、栄養を摂ってもちゃんと体が受け摂れない障害がおきていてその影響がとても大きいのだと思います。

今、NAETでおかげさまで栄養素がしっかり摂れる体になって、やっと上記に挙げた本からの情報を活かすことが出来る状態になったのだなぁと思います。



2009-01-30(Fri)

自己ヒーリングのプロセス 5

(自己ヒーリングのプロセス 4の続きです。今から9年くらい前のことになるでしょうか)

運動を習慣にしはじめた頃のことで、もう少し付け加える出来事があります。

その頃、代替医療的なものに興味をもって色々なものを試していました。

今日はその中のひとつ、フラワーエッセンスでの体験を書いてみます。

フラワーエッセンスとは花療法とも呼ばれることもあるようです。

エッセンスとは花の香り(アロマ)やエキスではなくて、花のエネルギーそのものを水に転写したものです。

??と思われるかもしれませんが、イギリスでは結構メジャーなものらしく、キヨスクでも売っているのだとか聞いたことがあります。(本当かどうか私が実際確かめたわけではありません。イギリスでは日本と医療制度が違うらしく、代替医療が盛んだと聞いたことがあります。)

1930年代にイギリスのエドワード・バッチ(バック)医師によって開発されました。

フラワーエッセンスの目的は、健康が育つことができる土壌づくりといった感じで、生きることを肯定して健康を促す習慣や感情の傾向が根付いていくことを目指しています。(この2段落分30日午後に加筆しました)

フラワーエッセンスはいくつかあるボトルの中からその時の自分の状態にあった1本を選んで、1日に何回かエッセンスを舌下に1滴たらしていただきます。

同じボトルをしばらく飲み続けるうちにゆるやかに変化していくといった感じです。

フラワーエッセンスは特に感情的な問題を得意とするようです。

日本でもバッチフラワーレメディーがわりと広まっているように思いますが、他にもたくさんのブランドのエッセンスがあります。

その頃私が勉強したのは、ある海外ブランドのフラワーエッセンスでした。

フラワーエッセンスレパートリー―心と魂を癒す、花療法の総合ガイドフラワーエッセンスレパートリー―心と魂を癒す、花療法の総合ガイド
(2001/01)
パトリシア カミンスキリチャード キャッツ

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そのブランドは臨床がしっかりしていることで定評はありましたが、この感情的症状にはこのボトルがよいなどという基本があり、百科事典のような分厚い本を覚えてクライアントと向き合うといった、まるでお薬を処方するようなスタイルで、カウンセラーだけでなく薬剤師になるような気持ちで勉強しなければならないのが私はちょっと窮屈に感じてしまい、勉強は長続きしませんでした。

なにより、このブランドのやり方はオーリング(筋肉反応検査)を用いないで処方箋的にボトルを選ぶので、すでに(当時わからなかったのの)私は化学物質過敏症を発症していたので、どのボトルでもOKといった体質ではありませんでしたので、この勉強は続かなかったのです。

今は筋肉反応検査をしてどれが使用してよいボトルなのか自分でしらべることができますが、当時は処方箋的に選んだものをそのブランドの規定通りのやり方でオーリングせず使ってしまいました。

今思うと、体が受け付けられないようなエネルギーのボトルは、化学物質過敏症の私にとっては害の方が大きかったように思います。

化学物質過敏症のみなさまの中で、フラワーエッセンスを試される方もいらっしゃると思いますが、できればオーリング(筋肉反応検査)でOKのものを選ばれますようにと思います。

フラワーエッセンスはたいていの場合、成分は物質的には水と少量のブランデー(保存料代わり)だけです。

ただの水と微量のブランデーならば化学物質過敏症的にもOKとなる方も多いかもしれませんが、フラワーエッセンスの場合、ただの水ではなくてその水にはエネルギーが転写されており、そのエネルギーが化学物質過敏症の体では適応できない場合があるかもしれないと私は感じました。

フラワーエッセンスのエネルギーは、主に感情に作用するエネルギーですから、脳にも影響があるのではと経験的に私は感じました。

脳アレルギー(脳がうまく機能していない)のある化学物質過敏症の場合、処方箋的に効能を見てボトルを選ぶだけでなく、オーリング(筋肉反応検査)をして使って大丈夫か体に(脳)に聞いてから使った方がよいように感じます。

それから、当時私は他のブランドのエッセンスの勉強も少しですがしました。

ここでは主にオーリングでボトルを選ぶやり方でした。

これは私にとって安全なやり方で、使って具合が悪くなるようなことがなくてよいなと当時感じました。

今思うとオーリングで体(脳)が許可したボトルを選んでいたから安全だったのだと思います。

当時私が通っていたフラワーエッセンスの専門店では、棚に並べてある何百種類ものエッセンスの中から、その時の自分のテーマ(自分の状態や解決したいテーマ)に一番あった1本を選ぶと意図してオーリングして選びました。

何百もあるボトルの中からたった1本だけしかイエスと筋肉神経から答えが返ってこないことに驚きました。

NAETでも筋肉反応検査で、たった1本の最適なバイルを選ぶというやり方がありますが、私がこのやり方にはじめに出会ったのがフラワーエッセンスのボトル選びでした。

色々なボトルを手のひらに乗せてひとつひとつ微妙なエネルギーの違いがなんとなくあることを感じ、エネルギーというのは色々なものにもあり、それが体のエネルギーの状態にも作用するのだと意識しはじめたのもフラワーエッセンスがきっかけでした。

だからNAETのバイルを初めてみた時も私は驚かずに、エネルギー療法のひとつなのだと納得して臨むことができました。

フラワーエッセンスを学んだお陰様で、エネルギーに対して手のひらの感覚が少し開いているように感じています。

NAETではバイルを触った後は必ず手をいっぱいこするか洗うかしないといけないという決まりがありますが、よくこすったり洗ったりしないと、本当にエネルギーが手のひらにまだ残っているのを私はありありと感じます。

バイルに触れた後に手を洗うことは本当に大事なことだと思います。

洗わなかったり、いいかげんにこすって済ませてしまうと、気づかないでコンビネーション(2本以上のバイルの組み合わせ)の治療になってしまうこともあるのではと私は感じています。

急がずに丁寧に洗うこと、私は大切だと思います。

次回はまたマイペースな更新になってしまうと思いますが、また別の代替医療の体験談を考えています。

プロフィール

ひろって

Author:ひろって
化学物質過敏症をNAETで治療を受けている、日本ではパイオニア的患者だと思います。

外出するのも、家にいるのも困難だった私が旅先で倒れて、偶然出会ったNAET治療。たった15分の治療で、原因の香水の反応から開放されました。

以後治療を受け続け、引越もリフォームもせず、家具等を捨てる等もせず、今までの環境のまま、ほぼ普通に過ごせるようになりました。

(現在は、治療受けることをお休みしております。)

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