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2008-01-01(Tue)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます 

皆様が健康でありますように、
楽しいことがたくさんある一年でありますように。

今日は日記風に。さて、今年のお正月の準備はお蔭様で、楽しく、とても楽に過ごすことが出来ました。なぜって、色々な過敏性が、NAETで治癒されて体も心も穏やかだからです。

今、私は引き続き同じ家に住んでおりますが、リフォームもしていないし、タンスも捨てていませんが、キーメイトマスクをしていませんし、ゴーグルも必要ありません。

去年は立ち入ることが出来なかったあかずのタンス部屋は、今、こうやってパソコンをする部屋として使えています。ほとんど、化学物質や化学臭にわずらわされず、普通に暮らせています。

お正月の準備のため、大賑わいの師走の街に繰り出すことも出来ました。忘年会にも参加できました。それから、年賀状書きも、印刷インクやボールペンが普通に使うことが出来ました。

まだ、調子がよくないこともありますけれども、避けることをほとんど気にせず過ごせることは、とても心地よいです。

思えば、去年の年末の、正月準備は大変でした。

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2008-01-02(Wed)

旅行 2

NAETに出会うまでの物語の続きです。

(先様よりリンクで突然こちらへ来られた方へ、
できましたら、まずこちらをご覧ください。
先様の質問に対してより適当な答えの記事に行けるようになっています。

リンクで来られた方以外の方はそのまま下の記事をご覧ください。)

旅行の荷物の梱包は、困難を極めました。頭が働かなくなっていて、必要なものをどれだけそういうふうに仕分けて持っていくのか、頭が痛くなって考えられなくなり、大変時間のかかる作業となりました。

5日間の旅行の荷物をパッキングするのに、それだけを一生懸命やって丸2日ほどかかってしまいました。

私の場合、化学物質過敏症の症状は、頭痛で集中できないというのと同時に、仕分けできない、作業手順をうまく考えられない、そういう症状も伴います。

何年か前から、自宅でより分ける作業をするときに、この症状が出てしまい、すごく困っていました。

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2008-01-03(Thu)

旅行3

旅行先で待っていたものは、私の予想を超えることでした。

外国のトップの先生が講師ということでしたが、なんとその先生は香水をつけていたのです。まだ、暖かかったその時期は、薄着の講師の先生の襟元から、強烈なにおいの香水が部屋中に漂っていました。

私は、すぐに顔面の神経がチクチクと針の刺さったような激しい痛みと、頭痛、そして全身の倦怠感に襲われました。

すぐに窓側の席へ移り、その窓枠の外に身を乗り出すようにして、外の空気を吸いながら聴講しましたが、中からの強烈な香水空気が、私に突き刺さってきました。

はじめの授業のあと、私はぐったりして、次に何をすべきか考えることもできなくなりました。

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2008-01-04(Fri)

NAETとのはじめての出会い

もう、勉強どころではありません。今日過ごす場所もなければ、行きはなんとか大丈夫だった交通手段も、今の体調では、とても危険で帰ることもできません。

安全な場所はどこにもないし、移動も出来ないし、どうしたらよいのか、途方にくれました。

行けばなんとかなると、思ったのが本当に軽率な判断だったと、やはり判断力もおかしくなっているのだから、自重しなければいけなかったのだと、後悔をしていたそのときです。

同期生のKさんが話しかけてきました。

「後でちょっと時間つくれる?化学物質過敏症ということだけど、アレルギーだよね。ちょうど先日アレルギー除去療法を習ってきたところだから、その香水アレルギーを治せると思う。」と。

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2008-01-05(Sat)

香水アレルギー除去

Kさんの不思議なアレルギー除去治療は、NAETというのだそうです。

NAETで使うアレルギーという言葉は、血液検査でわかる、いわゆる医者が言うところのアレルギーというものだけでなく、もう少し広範囲のようでした。

化学物質だろうが、電磁波だろうが、食物だろうが、何かが原因でそれに反応して症状が出てしまうのを、アレルギーと呼ぶようで、また、その原因物をアレルゲンと呼ぶようです。

NAETにおけるアレルゲン、アレルギーの定義は、先に紹介した「病気よ、さようなら」の本等で詳しく紹介されていますが、ここではNAETそのものについて紹介でないので、そこまで詳しく書かずに簡単に、患者としての体験記として、お話しします。

さて、治療後、Kさんから、起きているに、2時間おきに手や足に自分でマッサージをするように言われました。そのやり方を教えてもらって、部屋に戻りました。

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2008-01-06(Sun)

農薬アレルギー除去

そのレストランでは、食事後に、中庭に通されてお茶が出されます。
毎年この庭でお茶を飲むのも楽しみなことでした。

季節もいいし、ぶどう棚の下の木陰で、庭の景色を楽しみながら、お茶が運ばれてくるのを待っていました。

私は、庭に通されて、すぐに異変を感じました。
体中の圧迫感に頭痛、そして倦怠感で、その場にいられず、すぐに席を立ち、屋内の席に一人で移りました。

原因は、たぶん、ぶどう棚の農薬だ、農薬をまいた後だったのかもしれない、昨年と同じような気分でいてうっかりした!と思いながら、ひとり屋内の席で息も絶え絶え、テーブルにつっぷしていました。

帰る時間になって、皆が私に気づきました。よろよろしながら、レジに行きました。

そして、「つかぬことを伺いますが、ぶどう棚や庭に、いつ農薬をまいたかわかりますか?」と聞いてみると、
「もう何ヶ月もまいていません。まくとしたら、夏だから3、4ヶ月以上前だと思いますが」との返事でした。

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2008-01-07(Mon)

携帯電話の電磁波アレルギーの除去

夕食後、同期生の皆で集まって、話し合いをしていたときです。
狭い部屋に何人も、集まっていました。

私は、携帯電話の電磁波の圧迫感を感じました。
部屋中どこへ行っても、部屋から離れない限り、携帯電話の電磁波を感じます。
私には、四方八方からの得体の知れない何かが私の頭や体中を締め付けるように感じて、頭が割れそうな、頭がおかしくなりそうな、そんな状態になってしまいました。

Kさんが、私の状態の確認をして下さいました。
「大丈夫、この反応も除去できるから、またあの静かなスペースへ行こう。自分の携帯持ってきて」そう言いました。

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2008-01-08(Tue)

合成洗剤臭アレルギーの除去

香水や農薬や携帯電話の電磁波にも悩まされず、心地よい気分で、講義を受けることができが私でしたが、次はいよいよ、実習の時間となりました。

実習というと、グループの人の力を借りなければいけません。ところが、私には、どうしても近寄れない人がいたのです。その人は、合成洗剤のにおいをぷんぷんさせた服を着ていました。

他の人の洋服は大丈夫なのですが、その人の服は、すすぎが短いのか、合成洗剤のにおいが残るタイプのを使っているのかわかりませんが、皆のとは別格な臭いに私には感じられました。

Kさんを頼ってばかりで、恐縮だったのですが、実習でその合成洗剤臭の人と組む可能性もあったので、その人の服を借りて、Kさんにアレルギー除去を頼んでみました。

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2008-01-09(Wed)

帰路にて

5日間の研修を終えて、帰る間際、Kさんは、こう言いました。
「帰ったら、出来たら、地元の出来るだけ近いNAETが出来る治療院で、きちんと治療を受けてほしい。」
そして、ここでやったのは、緊急時の対応のようなものだからという感じのことも言われました。

Kさんは私とは違う地方に住んでいるので、会場で別れました。

私は、帰りの電車の中、全く普通に過ごせていることに、驚きました。
途中の車内で、すごい香水のにおいをさせた、年配のご婦人集団と、すれ違いましたが、全く何の反応もありません。

お弁当を食べていたし、同期友達とのおしゃべりも楽しく、すっかりマスクをしないでいたのですが、全く普通に過ごせました。

もちろん、携帯電話の電磁波にも、反応せず、帰路につくことが出来ました。

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2008-01-10(Thu)

帰宅後

研修旅行から無事に帰宅して、翌朝、庭へ出てみました。

旅行前だったら、隣近所からの、合成洗剤臭で、1分しないうちに、頭痛がして気分悪くなったと思いますが、もう大丈夫です!

合成洗剤のにおいはしますが、きつい悪臭の様には感じられません。
あぁ、なんて清々しいのだろう、こんなふうににおいに脅えず外の空気を吸えるなんて!

久々の解放感を味わったのもつかの間、家の中に入ると、壁紙やフローリングが原因なのか、頭痛と倦怠感があるので、化学物質過敏症専用のマスクが手放せない現実がありました。

その頃の私は、まだ、NAETのことがよくわかっていませんでした。なにしろ、専門医から診断されて1週間たたないうちに出会ってしまったNAETです。

専門医からの言葉も、NAETの治療をしてくれたKさんの言葉も、まだ消化できていませんでした。今後の自分の生活が、何をどうするのか、どうやってNAETの治療を取り入れていくのか、まったく検討ができなかったのです。

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2008-01-11(Fri)

高原で 1

高原にある実家に着くと、気持ちのいい山の空気が出迎えてくれました。緑のいい香りと山の土のいい香り、空気がどこまでもすみわたっています。

ここで暮らせたらどんなにいいだろう、と思った矢先、風向きが変わり、コールタールのような気持ちの悪くなる臭いが運ばれて来ました。

風上を見ると、50m程離れた所にある隣の家が見えます。家の壁が、黒っぽい色の木で出来ていて、聞くと、人は住んでなく、取り合えず建てた仮住まいの小屋らしいとの事。

本宅でないので、簡単な防水防腐加工で済ませたためにコールタール臭がするのかもしれないな、と思いました。

そして、実家に入り、家の中の、隣の小屋方向の窓を全部閉めました。

両親にはお願いして、私がダメな物はあらかじめ避けてもらっていたのですが、お風呂場は、長年のシャンプーや石鹸の香料が染み付いていて、入ることが出来ませんでした。

それで、車で5分の所の公営の温泉に行きました。広く、空気の流れが良いために、人の少ない時間にいけば、シャンプー臭を感じずに入れました。

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2008-01-12(Sat)

高原で 2

近所の林間コースを散歩するのは、とても気持ちよかったです。

化学物質過敏症がひどくなってから、ほとんど運動できなかったのですが、森の中をたくさん歩いて、体力の回復を目指しました。

肺をおもいっきり膨らませて、緑の濃いよい空気を吸うと、本当に気分もよくなりました。

林間コースの先にある、公営の農産物即売所では、無農薬の様々な種類の野菜が安価でありました。ここの野菜を買いに出るのが、楽しみになりました。

でも、一歩林間コースを外れると、身体中に圧迫感がおそってきました。慌てて離れたので、すぐに圧迫感はなくなりましたがが…。

何が原因かと思って遠くを見ると、畑がありました。この辺りは、高原とはいっても、ギリギリ作物がとれる標高なのです。

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2008-01-13(Sun)

シャーマンとの出会い1

都会の我が家に帰って、あらためて、今後の生活を考えました。

高原生活は、けっきょく、ほとんど避ける生活に終始していたようです。
空気のきれいな高原でも、普通の暮らしを避けなければ安全を得られないという、厳しい現実がわかりました。

医者の言っていた「空気のきれいな所で、新築でない家に引越し出来ればねぇ」も、人がすまないような林間でないと、意味がないことがわかりました。

その家を探す気力もなく、また現実的に都会の家(家族は仕事があるので)と山の中の家(私の家)の2軒を維持するのは、金銭的に無理なので、当分、都会の我が家で過ごすしかないなと思いました。

そして、とにかく気合で治るのなら、治って欲しいという思いから、心身症ではないのか、ウツだからなるのかもしれない、思いたくもなりました。(08年1月現在は、これは絶対に違うとわかっていますが、このときは、出口が見つからなくてそう思いたくもなったのです)

そんな時、友人から久しぶりに電話がありました。

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2008-01-14(Mon)

化学物質過敏症 精神症状の体験 1

シャーマンとの話の途中ですが、シャーマンに化学物質過敏症が心身症かどうかを聞いてみたかったのは、なぜかということを、もう少し詳しく書こうと思います。

私は、化学物質過敏症という病名を知るまでは、化学物質が原因でおこる精神症状があるとはわかってなかったので、自分におこる倦怠感からくるやる気のなさや集中力のなさ等のウツっぽい症状の原因は、自分に何か問題があるからそうなるのではないかと自己不信に陥っていた時期が長くありました。

前に音楽療法の勉強をしていたこともあり、様々な心理系の勉強もしていました。

そういう勉強の場で、いつも感じていたことは、私の症状は、普通のウツとは何か違うという事でした。いわゆるウツ病等の人とは、私は全く違うと感じていました。

ですが、私自身化学物質の影響とはわからなかったので、当然、勉強仲間や先生は、私のやる気のなさや集中力のなさ等の症状を、ウツの範疇と思っていました。

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2008-01-15(Tue)

化学物質過敏症 精神症状の体験 2

昨日の補足を少しします。昨日は、「化学物質過敏症という病名を知るまでは、化学物質が原因でおこる精神症状があるとはわかっていなかった」と書きましたが、少し訂正です。

化学物質過敏症の病名を知っても、精神症状は化学物質が原因と、医者は言っていませんので、この時点では、私は、化学物質過敏症の人は精神症状も出る、というくらいの認識でした。

化学物質そのものが原因で、精神症状が引き起こされるのではないか、と思うようになったのは、専門医の売店で買った化学物質過敏症用のマスクをしてみてからです。マスクをすると、精神症状がやわらぐのでそう思いました。

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2008-01-16(Wed)

化学物質過敏症 精神症状の体験 3

化学物質過敏症の精神症状について、医者の対応についての、06年秋の(シャーマンに相談しにいった頃までの)時点での私の体験をまとめてみます。

まだ化学物質過敏症とわかっていなかった初秋、化学物質過敏症を知らない医者から「職場や家庭等、何かストレスがありませんか?ゆっくり休むことでよくなると思いますよ。」と言われました。

当時、私にはストレスある人間関係はないと思ってたので、そんなこと言われると無意識に家族にストレス感じてる?と自分の感覚を疑ってみたりしました。

次に行った、化学物質過敏症を知るきっかけをもらえた(化学物質過敏症の専門医に紹介状を書いてもらった)近所の医者は、

「専門外だから、詳しくは知らないが、化学物質から逃げまわり、やりたいこともできなくなる状況からウツのような症状も出ると聞いたことがあります。 だから空気のきれいな所の新築でない家に引越出来たら一番だと思うのですが」と言っていました。

状況が追い込むのなら、心身症の範疇にはいるのかな?と私は思いました。

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2008-01-17(Thu)

シャーマンとの出会い 2

さて、前置きが長くなりましたが、そんなこともあり、化学物質過敏症は心身症なのかどうかを、シャーマンに、聞いてみたのです。

さて、私が話しをしてると、だんだん、そのシャーマンの顔が苦しそうに歪んできました。そして「ちょっと待って。ちょっと休憩とらせて下さい。」と言って奥へ行ってしまいました。

見ると、苦しそうに屈んだり、仰ぐようにそらせたりして、うーうーうなっています。しばらくして戻ってくると、私にこう言いました。

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2008-01-17(Thu)

少し手直ししました

ブログの1月13日~17日の、題名の変更をしました。
また、長かった文章を、2日に分けました。
どうぞよろしくお願いします。
2008-01-18(Fri)

NAETの出来る治療院探し

色々な体験をやっと消化した私は、引越し等は考えず、まずは、NAETの治療をきちんと受けてみようと決心しました。

NAET JAPANのホームページから、近くの治療院を探そうとしました。ところが、依然パソコンの電磁波はダメで、とても3分と見られません。

集中力もないので、治療者リストのページが、みつからないのです。
何日かかけて、ホームページの中の治療者リストのページをみつけましたが、そのページのどこをクリックしたら、住所が出るのかがわからず、さらに何日も過ぎていきました。

そうしているうちに、私は、何度も近所の農薬や合成香料に暴露してしまい、研修旅行後平気だった合成洗剤臭に、再び反応するようになってしまいました。

Kさんは、研修旅行でやった治療は、応急処置のようなものと言っていたけれど、やはりちゃんと治療しないと、効果が維持できないのかもしれないと思いました。

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2008-01-19(Sat)

NAETの出来る治療院との出会い

駅までの道は、回り道しなくても大丈夫でした。また、電車も空いていて5分の乗車時間でOK。駅から治療院までも近いので、大丈夫でした。

治療院に着いて、先生に、安全か確かめに来た事を話すと、丁度時間が空いているので、話しだけでもどうぞと言って下さいました。

中に入ると、化学物質過敏症用のマスクを通して、何やら甘い化学臭(健常者の人は感じない臭いです)がしてきました。

私は、もしかしてリフォームしたばかりでないですか、と先生に聞くと、内装を新しくしてから1年以内だということでした。

私は、この化学臭に、どれくらいの時間、耐えられるかも、確かめようと思いました。

先生には、ここに来るまでの経緯を話し、先生からは、NAET治療について、より詳しく話していただきました。

先生は、治療のはじめは、食品からと言いました。まず、食品栄養をしっかりとれる体にしてから、化学物質の脱感作をしないと、かえって治療に時間がかかってしまうということでした。

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2008-01-20(Sun)

自由な生活とは

化学物質過敏症である私の考える「自由な生活」とは、化学物質等のアレルゲンに妨げられることなく(=避けなくても)何でも出来ること。

何でも着れる、食べられる、どこでも誰とでも居られ、出かけられる、自分の感情を健康的に感じられ、集中力、言語能力や記憶能力、思考能力があり、適切なコミュニケーションをとれること。

慢性的な頭痛や倦怠感やくらくらすることがなくなり、自分の力を使って働けることです。

NAET治療で、そんなゴールを私は目指しています。


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2008-01-21(Mon)

化学物質過敏症これだけ快復しました!1

私の07年のNAET治療の体験記を書く前に、08年1月現在、NAET治療によって、化学物質過敏症から快復して自由になってきた私の生活を記します。

(私の元々の症状については、こちらのカテゴリーと、こちらのカテゴリーをご覧下さい。)

この1年間、様々な種類の化学物質や、自覚がなかったけれど食物、栄養素といったような、避けようがない身の回りの様々なアレルゲンを、NAETで脱感作治療を受けました。

現在の私は、治療後の好転反応で、頭痛や倦怠感を感じる日もありますが、それから電磁波の治療等もまだ途中ではありますが、以下の通り快復しました。まだ完治ではないので、念のために外出時はマスクをするようにはしていますが…

新品の服や靴を、洗ったり干したりせずに、そのまま身につけられます。

香料やアロマオイル、防虫剤や殺虫剤等も大丈夫になりましたので、電車やバスで、デパートやスーパー、ホームセンター、ガーデニング売り場にも行けます。

鉢花や切り花を購入することも出来ます。

映画館や本屋等も大丈夫です。新聞や雑誌等の印刷物も普通に読めます。

タバコの煙にさらされても大丈夫です。(至近距離で何時間もさらされ続けることはやったことないのでわかりませんが、禁煙席のない街の中華料理屋で隣のテーブルで4人が次々にタバコを吸って煙が途切れない席で1時間の滞在はできました。←09年2月8日加筆)

混雑している温泉やスーパー銭湯にも入れます。

電気式蚊取り機が作動している部屋でも大丈夫です。(2時間も在室したのですが気づきませんでしたし、その後も疲れるなどの症状は全くでませんでした。←09年2月8日加筆)

また、外食で困ることはありません。入れないお店はまずありません。(とはいえ、基本はやはり禁煙席です。)

それからカフェインのあるお茶やコーヒー、アルコール(これはもともとそんなに飲めないが元気だった頃と同じくらい)なども飲めます。

携帯電話の電磁波や、X線も大丈夫になりました。
(携帯電話の通話については問題なくなりました。ただ、新しい携帯に機種変更してから、携帯メール、携帯インターネットは、まだ好きなだけ使えるといった状況ではありません。←09年2月8日加筆)

もちろん自宅のフローリング部屋もタンス部屋も台所も、普通に過ごせますし、押入れも大丈夫になりました。(ゴーグルとマスクで決死の思いで台所に立った日もありました。←09年2月8日加筆)

換気扇クリーナーも大丈夫になりました。

それから、ハウスダストも大丈夫だし、庭の香りの強い木の花も大丈夫になりましたし、蚊に刺されても大丈夫になりました。(蚊に1ヶ所刺されて何時間も頭痛で寝込みました。。←09年2月8日加筆)

自宅マンションの植栽の定期農薬も大丈夫になりました。

近所からの合成洗剤臭や電気式蚊取り機も大丈夫です。

まだ、NAET治療が生活の中心であるため、フルタイムで働くことはできませんが、家事をしながら、月に2日、今まで勉強した事を生かした仕事を、自宅で出来るようになりました。

それから、もちろん、大丈夫になったからといって、好んで化学物質のある生活をしようとは思いません。安全な環境の世の中になるのが、一番いいと思います。

身体症状や心身症状で自由になったことは、明日記します。
(化学物質過敏症これだけ快復しました2へ続く)


2008-01-22(Tue)

化学物質過敏症これだけ快復しました!2

08年1月現在の、NAETの治療で化学物質過敏症から快復した私の身体症状を、思いつくまま書いてみると…

視野が広くなり、
視界が明るくなり、
焦点が合うようになり、
まぶしさが平気になり、

体のこわばりがなくなり、
骨格が整い、
猫背がなくなり、
奇形していた肋骨の軟骨周りが治って痛まなくなり、

あごやのどの緊張がなくなり、
目が程よく引っ込み、
顔色が明るくなり、

排便もよい状態になり、
失禁もなくなり、
足の爪がきれいになり、
疲れにくくなり、
おなかが空きやすいのがなくなり、

体の背面の感覚がよみがえり、
足の冷えがやわらぎました。

私の場合、様々な身の回りの化学物質や、電磁波、
赤ちゃんのときの予防接種、
自覚がなかったけれどもよく食べているもの、
栄養素などがアレルゲンになっていて、

ずっと続いていた重い心身の不快感と関連していたことが、NAET治療によってわかりました。そして、それらのアレルゲンを脱感作治療して、長年の不快感から自由になることができたのです。

化学物質が関係して起こる様々な感情、

やる気の起きないようなウツな気分や、
自分ではどうすることも出来ないような気持ち、
絶望的な気持ち等も、

化学物質と一緒に脱感作治療を受けましたので、自由な気持ちを取り戻しました。

また、思考能力や、集中力、言語能力等も快復しました。

以上の通り、快復して自由を感じることが出来ました!!
私を治療してくださっているねずみ先生、協力してくれている家族に、感謝しています。

これからも、完治を目指して、さらに治療を受け続ける予定です。今年もまた、NAET治療が、私の生活の中心になると思います。今は、神経伝達物質や脳関連の治療を中心に受けています。

それから、もしかしたら私は、化学物質過敏症の患者としては、治療の進みかたが早い方なのかもしれません。(とはいえ、日本ではまだNAETを受けている化学物質過敏症患者は少ないと思うので、はっきりとはわかりませんが…。)

NAETガイドブックに、患者をタイプ別に5つのグループに分けて説明してある所があります。 それによると、今まで強い免疫系を維持する自分なりの方法を探した人は、わりと治療後の経過がスムーズな感じだということが書いてあったように思います。

治療経過のスムーズ差でグループ分けされています。5グループ目は、心的外傷がある人で今まで対策をとっていなかった人、その場合は、免疫系が弱く、時間がかかる、というような感じの事がかかれていました。

私はこの10数年、心身に真摯に取り組んできたと思うので、治療が比較的早く進む方のグループに入るのではと、思いました。

NAETの治療の進み方、治療の項目は、患者によって本当に様々だと思います。

私の体験記は、こんなケースもあるんだな程度に思っていただけたらと思います。

2008-01-23(Wed)

NAETの治療を受けられる環境づくり

私の「化学物質過敏症これだけ快愎しました! 」の話をご覧になって、NAETの治療を受けてみたいと感じた方もいるかもしれません。

NAETの治療を始めるにあたって、私の思うことを少し書いてみます。

NAETの治療では、治療後、アレルゲンを一定時間避ける必要があります。アレルゲンや体調により時間や距離は様々ですが、25時間3メートル等の制限があります。

そのため、外で仕事をされている方は、仕事時間に制限がかかってしまうと、治療が難しくなるかもしれません。 休日を利用するなどの工夫が必要になるかもしれません。

また、家族がいる場合、その制限時間は、家族にも協力してもらう必要があります。

NAETでは、どんな種類のアレルギーであっても、最初は食品必須栄養素が主な治療なので、食事に制限が伴います。

私がNAETを紹介したある花粉のアレルギーの友人は、食事の事で、家族の協力を得られる状況でなかったため、花粉の治療に入る前に、途中でNAETの治療を断念してしまいました。残念ですが、そんなこともありました。

また、治療後の制限時間が、実際どれくらいになるのかは、治療後にしかわかりません。そのために、予定が立てづらい事があります。

私の体験では、アレルゲンにより、15時間という少ない時間から、75時間までありました。多いのは25~35時間くらいですが、これは、本当に人によりアレルゲンにより様々だと思います。

それから、治療直後から20分以内ならば、アレルゲンにさらされても大丈夫なのだそうです。私はこの時間を利用して、帰宅できるように、自宅から近い治療院に通っています。

例えば、防虫剤アレルギーの治療をした時は、治療後20分以降は、すれちがう人々全て(防虫剤を使った服を着ている可能性があるので)避けなければならなくなるので、2、30分以内に自宅に帰り着いたほうが、治療がうまくいくと思うからです。

ですが、私がNAETを紹介した、あるアレルギーの友人は、自分にあった先生がいいと、遠くても治療を続けているようですので、近いだけがいいということだけではなく、自分に合った先生ということも大切なようです。

先生とコミュニケーションとって、納得して治療を受けるのがよいと思います。

また、聞いた話ですが、自宅近くにNAETの治療出来る所がない人は、引越しをして、治療を受ける人や、長期滞在の拠点を構えて、治療を受けている人もいるらしいです。

以上のように、NAETの治療を受ける環境づくりは、場所の問題もあるし、家族との関係の問題もあるし、仕事と両立できるかという問題や、予定が立たない中でもやっていくという問題もあるので、もしかしたら大変かもしれません。

でも、一生の間の何十時間か避けるだけで、例えば、一生防虫剤を避けずに自由に暮らせるようになれる、というような可能性があります。

実際には、化学物質過敏症の場合は、たくさんのアレルゲン×何十時間ですから、時間ももかかりますし、好転反応もあるので、本当に根気が必要だと感じます。

でも、その先には、化学物質過敏症から解放された生活が待っています!

私と同じように、化学物質過敏症から自由になる体験をする人が、増えることを祈っています。


2008-01-24(Thu)

捨てないで一部保管しておく話

化学物質過敏症とわかったら、「まず身の周りにある症状が出る原因物質を特定して捨てる」ということが、化学物質過敏症の人々の基本中の基本ですが、捨てる前に、ちょっと待った!です。

原因物質(=アレルゲン)は、全部捨てないで、一部を少しだけとって保管しておいて下さい。てのひらに乗るくらいの大きさがあれば充分です。

なぜかというと、NAETの治療で、それを使って治療出来る可能性があるからです。その物質を残してあれば、その物質が原因で引き起こされている身体症状や精神症状を脱感作して治すことが出来るのです!

保管には、てのひらサイズ~指サイズくらいの大きさの清潔なふたつきの密閉出来るガラスビン(不要になったスパイスのビンやジャムのビン、蓋付き試験管等)を使います。(こちらの記事をご覧下さい

個体のもの、液体のもの、粉状のものを、保管出来ます。例えば、壁紙の切れはしや、クリーナー、合成洗剤粉等をガラスビンに入れて保管します。

その後で、ガラスビンをポリ袋等に入れて保管します。ガラスビンだけだと、その物質を完全に隔離出来ないので、必ずポリ袋等で覆って下さい。

保管にガラスビンを使うのは、NAETの治療でそのまま使うことが出来るからです。すぐにガラスビンが用意出来ない場合は、とりあえず、密閉出来るポリ袋に入れる等して保管してください。

また、てのひらサイズにこだわらなくても、持ち運ぶのが容易なサイズで保管出来るという事ならば、そのままのサイズで、袋に入れる等して、密閉させて保管してください。

それから、ヘアスプレー等のスプレーの類は、スプレーから吹き出させてガラスビンに入れるのは、治療直前にして、スプレー缶のまま保管した方が、安全に保管出来ると思います。

農薬や殺虫剤等、化学物質過敏症の人にとって、あまりにも危険なものがあったら、わざわざガラスビンに移し変えたりせずに、そのままの方が保管に適していると思います。

そして、その治療が出来る段階になったら、担当の先生と相談して、誰か化学物質過敏症でない人に、ガラスビンに入れ変えてもらう等の対策をした方がよいと思います。

それから家具等は、捨ててしまう前に、何箇所か削りとって、ガラスビンに入れることも出来ると思います。ですが、すぐにNAETを開始出来るのであれば、捨てないで、治療の経過を待つことも出来ると思います。

NAETの治療は食品必須栄養素からなので、家具アレルギー等の化学物質の治療が出来るようになるまでは、開始から何ヶ月か時間がかかってしまう場合もあるかもしれません。

その間、その家具のある部屋に近付かない、あるいは何らかの方法で、覆う等の方法で、その家具を避けられれば、NAETで治療をした後は、使いたければ、その家具を再び使える可能性があります。

私は、家具を捨てずに治療することを選びました。

それから、捨ててしまうと、後から手に入れるのは難しいというものもあると思います。患者自身の身の周りにあって長い間暴露していたものを使って治療をした方がよいようなので、ぜひ全部捨てずに一部残しておいて下さい。

もう捨ててしまったという人には、また別のやり方で治療出来ると思いますので、あまり気を落とさないで、担当の先生と相談なさって下さい。

それから、もしも愛用していたヘアスプレーや化粧品等を捨ててしまった場合、治療をする段階になってから、化学物質だらけのドラッグストアに買いに行ったり、サンプルをもらいにいく可能性があります。だから、なるべくなら、捨てずに治療まで安全に保管しておけたらと私は思うのです。

でも、せっかく保管しておいても、それら化学物質は、すごく末端の枝葉のアレルゲンである可能性もあります。その場合、根本的な幹のアレルゲンのを治療すれば、末端の枝葉のものをわざわざ治療しなくても、治療が進んでいくうちに、気付いたら大丈夫になってしまう場合もけっこうあるようですので、念のため。

全部捨てないで、一部保管しておく話、目からウロコだったでしょうか?
2008-01-25(Fri)

初回治療

さて、体験記に戻ろうと思います。

今日からは体験記のカテゴリーも新しく「NAETの治療の体験記(06年末~07年の出来事)」にしました。

カテゴリー「NAETの治療開始前までの体験記 (発症から06年末まで)」の最後の記事「NAETの出来る治療院との出会い」の続きになります。

================
06年12月中旬のことです。予約したNAETの出来る治療院へはじめての治療を受けに行きました。

今日は、脳身体機能、自立神経のバランスを整える治療(BBFとも言います)だそうです。

この治療には、治療後の距離や時間等の制限がないということでした。

治療は、Kさんにしてもらったのと同じような感じでした。

治療後、15分ほど横になって休んでいるときに、太ももの裏側の感覚が、前よりもはっきりと感じられるようになってきたことに気づきました。

(※これらの感覚は私の体験であって、周りの人からの話では、同じ治療を受けても、何も感じない人も多いように思います。ご了承ください。)

そして、帰宅後、イスに座ると、坐骨あたりが前よりも、くっきりと鮮明に感じられるようになっていることに、気づきました。

治療によって、坐骨や太もも付近の神経系が、よみがえったように感じました。

ずいぶん前に、気功を習ったときに、東洋医学のツボで、会陰というツボ(とても重要なツボなのだそうです)を教わりましたが、その辺りががよみがえったように感じました。

そのツボについて、気功の先生はどう説明したかは覚えていませんが、あるいはボディサイコセラピーで習った印象と混じってしまったかもしれませんが、そのツボの私の印象は、生きていく基本、根本の気構えにかかわっているような、そんなイメージのある場所です。

化学物質過敏症で、生きていく気力が弱々しくなっている私でしたので、これからNAETの治療で生きる気力がよみがえるかもしれない、これは、幸先いいスタートだ、と思いました。

そんなことを感じながら、先生からお借りした、NAETの本「病気よ、さようなら」を読んでいると、しばらくして猛烈に眠気を感じました。好転反応かもしれません。

脳身体機能、自律神経のバランスを整える治療をすると、眠くなったり、だるくなるなどの、好転反応があるかもしれないと、先生から話を伺っていました。

仮眠をとると、しばらくして、すっきりと目覚めました。

私の場合は、この初回の治療のあと、眠気はあったものの、だるさ等の身体症状や精神症状等の重い好転反応が出ることなく、わりと普通に、そしていつもよりここちよく過ごすことができました。

また、治療後25時間は、先生から教わった、起きている間は2時間おきにする、ゲートマッサージという自己マッサージをして過ごしました。

治療初日の夜は、久しぶりにすぐ眠れて、そして、とても印象に残るよい夢をみることができました。

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2008-01-26(Sat)

初回治療の記事、手直ししました

昨日の記事の「初回治療」ですが、当時の日記の追記が出てきて、治療後感じた身体の良い変化について詳細がわかったので、少し手直しをしてみました。昨日ご覧になった方、失礼しました。よろしかったら、再度、ご覧下さい。

私は、NAETの治療開始の少し前から、毎日、症状を中心に、日記を書き続けています。

何時に、どういう作業をしていたのか、また、どういうところへいって、何時ごろ具合が悪くなったか、どんな症状が出たか、何に困っているのか等を書いています。

他にも、何を食べたか、誰にあったのか等、化学物質過敏症の原因物質(アレルゲン)を特定するためのヒントになればと思って、あれこれと日記をつけています。

また、後になって読み返して、症状がどういう経過をたどってるのか、よくなっていくのか、悪化していくのかということがわかるように、記録しています。

その日記の記録を元に、NAET治療の体験記(06年末~07年末まで)を書いていく予定です。
2008-01-27(Sun)

柿渋?

2回目のNAET治療の予約日の前日のことです(06年12月中旬)。

化学物質過敏症の私にとって、冬は、農薬の心配も少ないし、アスファルト等から揮発する化学物質や、すれちがう人からの化学臭も少ないので、散歩しやすい季節です。

久しぶりに徒歩20分の距離にある、お気に入りのアンティークな古道具屋さん兼カフェへ行ってみました。

自然であたたかい雰囲気のカフェは、カフェインなしの飲み物もあるし、長年、蔵に入っていたような古道具からは、化学臭はないので、化学物質過敏症の私にも、安全な場所でした。

しかし、この日は、すぐに異変を感じました。顔に刺すような痛みとひどい頭痛がします。

何が原因だろうと思っていると、自然派指向のオーナーさんは、さっきまで柿渋を使って作業をしていたとの事でした。自然なものだから大丈夫でしょ、とオーナーさんは言いましたが、私にとっては気がおかしくなるくらいダメで、注文の飲み物も残して、早々に退散しなければなりませんでした。

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2008-01-28(Mon)

2回目の治療

さて、柿渋?の翌日、2回目のNAETの治療を受けに行きました。イメージワークで体を整えたものの、まだ、昨日のの不調を引きずっているように感じます。

今の体調を話すため、昨日の出来事を、先生にざっと話しました。そして、思いつきでやってみた自己流イメージワークの話をしようかちょっと迷いましたが、話してみることにしました。

思いつきでやったイメージワークの話は、はじめて聞く人には、もしかしたら、突飛で治癒とは関係のない変なことと思う人もいるかもしれないので、話すのに少し躊躇したのです。

先生は、あぁそういうことしてよくなったの、と頷いて、穏やかに普通に聞いて下さって、私はほっとしました。「患者にとっての事実をそのまま」聞いて下さるねずみ先生(このブログでは私の担当の先生をねずみ先生と呼ばせて頂くことにします)に、とても安心感を感じました。

化学物質過敏症が進行してからは、話し言葉がうまく使えずに、他人と話す時、うまく伝わらなくて、困ったことがありました。ただでさえ言語が変な状態で、ちょっと変わった内容を話したら、余計に変に思われるかも…、と心配していたのです。

でも、ねずみ先生はそういう私の心配も、そのまま穏やかに聞いてくださいました。一番近いということで、選んだ治療院でしたが、近いだけでなく、私にとって安心感を感じられる場所だったことを、とても幸運だと思い、感謝しています。

2008-01-29(Tue)

2回目の治療 2

さて、今の状態を話した後に、横になって治療を受けました。先生は私の状態をみて、前回の脳身体機能を整える治療はうまくいってると言いました。

今回からは、食品栄養素の治療をするということです。食品栄養素の治療は、治療後に制限があるそうです。食べてはいけないもの、近寄ってはいけないものがあるということでした。

先生は、私の腕の反応を確認しながら、次に治療が必要な栄養素(=アレルゲン)を探っていました。

NAETでは、治療の優先順位が決められているそうです。臨床的に多くの人が治療が必要とするアレルゲンほど、先に治療出来るようになっているそうです。優先順位のついた表が作られているそうで、毎年、臨床例で順位が更新されることもあるのだとか。

私の腕を使って調べている先生は、先に治療した方がいいのは、卵MIXだけれど、今日は羽毛ぶとんを避けることが出来るかどうか、聞いてきました。

私は、えっ卵アレルギー?卵はいつも食べていたけど別に自覚なかったなぁ…自覚がなくても、栄養がきちんととれていないものが、アレルゲンになっていることがある、と聞いたけれど、こういうことなのかぁと思いました。

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プロフィール

ひろって

Author:ひろって
化学物質過敏症をNAETで治療を受けている、日本ではパイオニア的患者だと思います。

外出するのも、家にいるのも困難だった私が旅先で倒れて、偶然出会ったNAET治療。たった15分の治療で、原因の香水の反応から開放されました。

以後治療を受け続け、引越もリフォームもせず、家具等を捨てる等もせず、今までの環境のまま、ほぼ普通に過ごせるようになりました。

(現在は、治療受けることをお休みしております。)

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